お客様の夢をリフォームで実現する! その為にお客様の話をじっくり聞く。それが個人ハウジング金村です。

個人ハウジング金村の代表 金村孝男です。
個人ハウジング金村は相模原を中心とした地域で「大手には真似できない丁寧な家作り」をモットーに、地域の皆様から「金村さんに頼んで本当によかった!」と言っていただけるような家作り、リフォーム、増改築をしております。

大工を志したきっかけ

私は山形県鶴岡市の大山に生まれました。子供のころからモノ作りが好きで、何かモノを造る仕事をしたいと思っていました。
そこから大工になろうとしたきっかけは、私が中学生の時に生まれ育った実家が火事になり、建て替えることになったことです。
実家が火事になったというのは不幸なことですが、学校から帰ってくるたびに、新しい家が着々と建っている姿をワクワクしながら見ていました。あの時感じたワクワクする気持ちがきっかけとなり、お施主様をワクワクさせるような家を建てたい!と思い、大工という仕事を選んだのです。

大工としての修業で学んだこと

就職先を決めなければならない時に、母の知り合いの伝手で隣町の大工の棟梁を紹介していただき、住み込みで働くことになりました。 そこから、私の大工としての修行が始まったのです。
その棟梁は、寺社仏閣なども手掛ける方で腕も良く、地元でも大きな仕事をされている方でした。仕事は朝6時30分から夜7時まででしたが、早く一人前になりたいと、とにかく一生懸命働きました。 最初はのこぎりの使い方や釘の打ち方というような基本的なことを教えてもらいました。また、その棟梁からは、職人の命ともいうべき道具の手入れの大切さを教えてもらいました。休憩時間でも、仕事が終わった後でも、とにかく道具の手入れを怠るなということを叩き込まれたのです。
当時は住み込みの小僧でしたから、酒の買い出しにもよく行きました。今では信じられないことですが、その時は全部ツケで酒を買い、年末に1年分をまとめて支払です。のんびりした時代だったのですね。
とにかく、その棟梁のもとで兄弟弟子たちと一緒に暮らしながら、大工としての技術と同時に人間関係も学ぶことができました。社会人として生きていくための基本をここで学ばせていただいたのです。

東京へ出稼ぎへ

最初の棟梁のもとで5年間修業し、なんとか仕事ができるようになりました。
そこで暇をもらい(辞めさせていただき)、さらに腕をみがくために次の親方のもとで仕事を始めました。 その親方はスーパーマンのような方で、木造から鉄筋の建物まで建築をできる方でした。そこで私もその親方の下で、鉄筋造の技術を学びました。山形の冬は雪が積り、大工の仕事が出来なくなるので、冬は雪の少ない関東に出稼ぎに行きます。親方も東京に出稼ぎにいっていました。当時の日本は高度成長期にあり、大工の仕事がいくらでもあったのです。特に東京近郊の都市ではビルが次々と建てられていて、鉄筋造の仕事も山のようにありました。
私も親方について町田に行き、仕事をさせてもらいました。 それが、私が相模原で大工の仕事を始めるきっかけとなったのでした。

関東での修業時代

私は山形ではなく、関東で仕事を続ける決意をしました。師事する棟梁も3人目となる頃には、私も一人前になっていて、家1軒を建てられるようになっていました。個人宅はもちろん、家だけに限らず物置や、木造アパートなどいろいろな建物を建てさせてもらいました。そういった小型の住宅の仕事は、私たち大工のいい教材であり、腕を競う場でもありました。「〇坪の長屋を〇日で仕上げた」と、仕事のスピードと品質を、仲間たちと自慢しあっていたものです。当時はそういう仕事もたくさんあって、私たち若い世代の大工が仕事を通して技術を磨く場が沢山あったのです。それを考えると、今の若い大工は大手の下請けをするばかりで、小さな家でも1軒の家をまかされることが少なくなってきているので、かわいそうな気持になります。そういった意味で、皆様には次世代の日本を支えてゆく若い大工たちのために、また大工の技術を後世に残してゆくためにも、大工に家づくりをご依頼いただきたいと思っています。

そして、独立へ“個人ハウジング”に込めた想い

3人の親方の下で修業させて頂き、いよいよ私も独立することとなりました。25年ほど前のことです。その時に、どういった名前にしようか考えました。
ふと修業時代を振り返ると、仕事はいくらでもありましたが、下請けの仕事ばかりでお施主様の顔をみることはありませんでした。しかし私は、中学生の時の私のような、お施主様のワクワクした顔を見ながら仕事がしたいと強く思いました。また、大工は自分の手で家を造ります。木材の材質や材料の良しあし、家の構造に至るまで、家がどんな手順で建てられていくのかも全て理解しています。だから家を長持ちさせ、守る術も知っているのです。私はその時気づきました。大工は家を建てることだけが仕事ではなく、「個人」の家を一生守り、お施主様のワクワクに応えることが仕事なのだと。その想いを込めて「個人ハウジング」という名前を決めたのです。

大工だからできること

先ほど書いたように、私たちは家を守るプロでもあります。一軒の家をどのように保っていくかというアドバイスもできます。木の家のすごさは、計画的な手入れをすれば、いつまでも住み続けることができるということです。しかし、ご家族の成長、家族構成の変化などに伴い、住みやすい家のカタチはその時で変わっていきます。手入れと同時に小さな改修も必要となるでしょう。
そのような不便を感じたら、すぐに私たち大工にご連絡を頂きたいのです。私たちは家を建て、守るプロです。それはお客様がより快適な暮らしをするにはどうしたらよいのかをアドバイスできるということなのです。「個人」の家のどんな細かなことでも、私たちは対応してゆくことをお約束します。

最後に

個人ハウジング金村は日本の将来を考えたリフォームに取り組んでいます。限られた資源を大切に使い、お客様の大切な「家」を長持ちさせることは、地球温暖化防止やCO2削減につながり、日本の将来を担う子供たちのためにもとても重要なことだと私たちは考えています。また、政府が長期優良住宅を推奨していることからもわかる通り、地球環境のためにも、永く住み続けることができる住宅が求められているのです。では長く住み続けるためにはどうしたらいいのでしょうか?長く住み続けるためには普段の「手入れ」や「リフォーム」などが不可欠なのです。私たち大工は、家を長持ちさせるプロフェッショナルでもあります。私たち大工に大切な「家」のことは任せてください。最後までお読みいただき、ありがとうございました。